この記事の内容
看取り看護で行うことは?
看護の母と呼ばれるナイチンゲールは看護についてこう言っています。
と書かれています。

要するに、患者の生命力の消耗を最小にするように環境を整えろと言っているんですね。
具体的にどんな環境かというと、私は本人が穏やかに過ごせる環境ではないかと考えています。
環境には、外的環境だけでなく内的環境もあります。
穏やかに過ごせる環境を整える
①穏やかに過ごせる環境:物
胸元のパジャマの中に、黒い猫のぬいぐるみを入れていた女性の患者さんがいました。
失語症で言葉はしゃべりません。
でもその黒い猫のぬいぐるみを大事そうにパジャマの胸元に入れて、ぬいぐるみの頭を撫でていました。
そのぬいぐるみは、その女性がお孫さんに買ってあげたものでした。
入院するときに、「ばあちゃん、病院で一人じゃ寂しいだろうから貸してあげる」とお孫さんが貸してくれたぬいぐるみだったのです。
私たちから見たらただの黒い猫のぬいぐるみですが、その方からしたらお孫さんとの思い出の詰まった大事な宝物。
その宝物があったからこそ、最期まで穏やかに過ごせたのです。
②穏やかに過ごせる環境:雰囲気
そろそろ息が続かなくなりそうという男性の患者さんを、家族が「本人が最後は家がいいって言っていたから、家に連れて帰ろう」と言い出しました。
そんなに時間が残されていないと感じた私たちは、慌てて準備をして家に帰しました。
次の日に医師が往診に行くと、とても穏やかな顔で眠っていたのですが、その患者さんはピンクのパジャマを着せられ、ピンクの布団に寝かせられ、ピンクの壁紙の部屋に寝かされていたのです。

「じいちゃんが好きだったピンクで囲んで送ってあげよう」
そんな家族の計らいでした。
でもその患者さんは入院中から意識がありませんでした。
でも家族の穏やかな声や、住み慣れた家の匂い、生活の音やまわりの雰囲気を第六感で敏感に感じ取っていたのかもしれません。
「死ぬときは第六感が鋭くなるのかもしれない」という話をしたら、友人がこんなことを教えてくれました。

父が亡くなるちょっと前、病室に見舞いに行ったとき、ベッドは仕切りのカーテンをぴったり閉められていた状態だったんだよ。
まだ俺の顔が見えていないはずなのに、『カズオか』って声をかけられたんだよね。
『なんでわかった?』って聞いたら、『足音でわかった』って言うんだ。先生や看護師さんたちと俺とじゃ、足音が違ったらしい。
目が見えなくなって、意識も朦朧としているはずなのに、聴覚が鋭くなっていたのかもね。
とても興味深い話です。
五感が薄れてきて、新たに第六感が鋭くなるものかと思っていたのですが、聴覚が鋭くなって敏感に感じ取っている場合もあるのかもしれません。
身体の機能が衰えて視覚、味覚、触覚、嗅覚が鈍っても、聴覚は最後まで残るともいわれていますから。
ともあれ死にゆく人は最後までなにかを感じ取っていると私は思っています。
③穏やかに過ごせる環境:関係性
「家で死にたい」そう言って在宅で暮らしていた女性の患者さんが、入院してきました。
どうして入院して来たんですかと聞くと「私は娘と親子でいたい」と言ったのです。
患者さんの娘さんは、看護師でした。
「こうしろああしろ、あれはダメ…家で私を病人扱いするのがいやだったんです」
人にはたくさんの役割があります。
役割は居場所
子供の前では親であり、親の前では子どもであり、上司の前では部下であり、部下の前では上司であり、地域では子どもたちを見守る役割があったり、料理を作る役割、お花に水をやる役割、人はいろいろな役割を持っているんです。
ところが、入院するとそれらの役割は奪われ24時間「患者」を強いられます。
「居場所がない」「居心地が悪い」と感じ、家に帰りたいという患者さんは多いものです。
でもその患者さんにとっては、娘の前では患者ではなく母親でいたかったのです。

だけど入院していた1週間は仲良い親子関係のままいられて、娘が看取った後に「家にいたときは喧嘩ばっかりだったけど、入院してからは肩の力が抜けて、お母さんに甘えられてよかった」って言ってくれました。
病気があるときは、頑張る気持ちがあっても余裕がないからどうしてもイライラしたり、ぶつかったりとかしがちです。
そういうようなときに場所にこだわるよりも、どうしたら余裕を取り戻せるかっていうことを考えてみましょう。
レスパイトを利用
いまは入院してもらった方が、ちょっとの余裕が取り戻せるんじゃないかっていうならレスパイトを利用してみるのもいいです。
子どもと一緒に暮らしていてお母さんとして存在していたいのに、娘に病人扱いされると逆に居心地が悪くなる。
お母さんとして振る舞えればいいんだけど、そんな体力はなくて症状があってそれも難しいってなったら、病院を上手に使ってもらって余計な負担とか余計なストレスを減らしてもらう。
場所や手段にこだわるより、なんでそこにいたいかとか、その本当のニーズが大事なのではないでしょうか。
看取り看護に関して普段から気をつけていることは?
死の成り立ちをできるだけ穏やかに

記憶に関係している脳の部分は、感情の司る大脳辺縁系の海馬という部分です。
海馬が情報の選別を行っているとき、扁桃体から強い働きがあれば、その印象とともに記憶されます。
扁桃体は、不快を感じるときに過剰に働きます。
その死の成り立ちが傷ましければ傷ましいほど、驚愕を脳に深く刻み込むので強く記憶に残ってしまいます。
また、家族の「つらさ」と「改善の必要性」の決定因子として、「医療者の思慮のない会話」でオッズ比3.9
つまり、医療者に思慮のない会話があったと感じた家族は、つらさが3.9倍にもなるという研究結果もでています。
何をするかだけでなく、どう感じるかを考えていく
私たちは、できるだけ死の成り立ちを穏やかにし、本人や家族の心のツラさを少しでも軽くする必要があります。
何をするかだけでなく、どう感じるかを考えていくことも大事です。
それまでの関係性があるから悲しめるのです。
「死」は確かに悲しいけれど、別れを悲しめる関係性が築けたという「幸せ」や「愛」が隠されています。
人生で、一番ツラくて、一番人の力を必要として、一番輝く最期…
そのかけがえのない時間に携われる看護師は、尊い職業だと思っています。
私が看護師を続ける理由は、本人や家族にとってかげがえのない時間を、より豊かに生ききるお手伝いがしたいからです。
まとめ
キーワードは「穏やか」
- 死の成り立ちをできるだけ穏やかにすること
- 穏やかに過ごせる環境を整えること
看護師の役割は、どの過程であっても最後まで生きることを支えることです。
後閑愛実(ごかん・めぐみ) |
正看護師。BLS及びACLSインストラクター。看取りコミュニケーター 2002年群馬パース看護短期大学卒業、2003年より看護師として病院勤務を開始する。
以来1000人以上の患者と関わり、看取ってきた患者から学んだことを生かして「最期まで笑顔で生ききる生き方をサポートしたい」と2013年より看取りコミュニケーション講師として研修や講演活動を開始。現在は病院に非常勤の看護師として勤務しながら、研修、講演、執筆などを行っている。 雑誌「月刊ナーシング」で連載中『まんがでわかるはじめての看取りケア』の原作執筆を担当。 著書に『後悔しない死の迎え方』(ダイヤモンド社)がある。 後閑愛実WEBサイト https://www.megumitori.com/ |
イラスト:なかもと ゆき |
多摩美術大学卒業後、フリーの作家・デザイナー・イラストレーターとして活動。デザインフェスタはじめ様々な展示に多数出店。
2018年「月刊ナーシング」で『まんがでわかるはじめての看取りケア』の連載を開始。イラストを担当。『後悔しない死の迎え方(後閑愛実著)』では、挿絵を担当。 現在YouTubeで「ゆき味アートチャンネル」を開設、ものつくりの楽しさを発信している。 チャンネルURL:https://www.youtube.com/ |